大旦那のちょっといい話
「老舗を知りたい!」韓国学生×東都のれん会
2016年、韓国の大学生から東都のれん会に対して「老舗」について話を聞きたいという希望が寄せられ、8月6日にインタビューを受けました。するどい突っ込み、意外な質問。私たちも日韓の文化の差を学んだひとときでした。
(学生) 今日はお時間をいただきありがとうございます。私たちは、韓国の忠北大學校の哲学科で学ぶ学生です。今回は人文学の授業で「興味を見つける」というプロジェクトがあり、韓国にはほとんどない歴史のある店=老舗に関心を持つ4名で調査のため来日しました。

長い歴史がある寿司店や蕎麦店などを訪れてインタビューをすると同時に、東京の老舗が集まる「東都のれん会」で話をうかがうなかで、「老舗」の実態を知り、店を継続していくための知恵を聞いて、韓国でも商店が代を重ねて継続して生き続けていける方策などを考えたいと思っています。よろしくお願いいたします。

(東都) こちらこそよろしくお願いいたします。
(学生) まず、東都のれん会は、戦後まもなく設立されたとホームページに書かれていますが、それは店主たちが自主的に集まったものなのでしょうか?
(東都) 『東都のれん会30周年記念誌「のれん」』によると、文化人の田辺柏葉という人が、戦争で焼け野原となった東京で、古くから続いている素晴らしい店が絶えないようにと一店、一店に声をかけていったのがきっかけと記されています。

最初は浅草から始まり、次は日本橋ということで、私(宮内/日本橋鮒佐)の曽祖父に声がかかり、地域のまとめ役をしたようです。同様に他の地域にも声かけが行われ、やがて地域と地域がつながっていって50軒ほどになりました。

(学生) 東都のれん会に加盟するための資格はあるのですか?
(東都) 設立当初は、3代・50年以上の歴史を持ち、同じ製品を取り扱って現在も盛業であることを基準に選んだようです。設立から50年以上の時がたちましたので、現在では3代・100年以上の歴史を紡いでいることが最低限の基準となっています。また、複数の会員の推薦なども必要になっています。

東都のれん会のおもしろいとことは、取り扱う商品がいろいろな店の集まりであることです。よくある同業の組合ではないので、蕎麦屋もあれば鰻屋もある、佃煮屋や海苔屋もあれば、楊枝の専門店や着物の店などもあります。さらに店の規模もまちまちで、1軒だけの店もあれば、全国にたくさんの支店を出している店もある。また、店の歴史も100年ほどの店もあれば300年、400年という店もあります。ただ、思いは等しく、「この店を、次の時代にも伝えていきたい」という当主たちが集まっています。

東都のれん会が生まれたのは、戦争が終わって7年たった昭和27年です。空襲によって一面の焼け野原となった東京は復興途上で、活気に満ち溢れていましたが、この先、歴史ある店を果たして復活・発展させていけるのか、という強い危機感はどの店も持っていました。その危機感が、連帯という強い気持ちを生んだのかもしれません。

(学生) 設立後、具体的な活動としては何をしましたか?
(東都) 毎月、顔を合わせて、老舗の店主が悩みを打ち明け合ったり、成功の秘訣を聞いたりできる場をつくりました。さらに、納涼会や新年会、熱海で行う総会、そして全国各地への旅行などの懇親の場をつくりました。いまも、懇親を大事にするという会の姿勢は変わらずに受け継がれています。

発足の翌年には、「東都のれん会」という名前の商標登録をしました。また、「東都のれん会」のシンボルマーク、三羽の鶴の意匠を、著名な画家である中村岳陵さんに描いてもらい、これも意匠登録しました。

さらに、お客様に広く知っていただくために東京駅構内のショーウインドーに展示広告を出したり、歌舞伎役者や人気タレントなどに頼んで、舞台やテレビなどで「東都のれん会」の名前を出してもらい、「由緒正しい、いい商品を売る店がある」という宣伝活動も。

昭和40年(1965)からは、日本橋三越本店(デパート)で「東都のれん老舗の会」という、加盟店の商品を一堂に集めて展示・販売するイベントを毎年、開催。これで、「東都のれん会」の名前が一気に知られるようになり、また加盟各店にとっても大きな宣伝になりました。現在は、名前は変わりましたが、同様に東京の老舗が集まるイベントが毎春、三越本店で開かれています。

(学生) 東都のれん会を運営していくなかで、難しい点は何でしょうか?
(東都) 営業規模も取扱商品も違う店が50数店も集まれば、会に対する温度差が生まれるのは当然です。それを、それぞれの時代のリーダがまとめてきたわけで、苦労もあったと思います。懇親をはかって仲良くやっていく努力をすると同時に、東都のれん会に加盟していることが何らかのメリットになって共感を得るために、いろいろな事業をするにしても、多くの意見の最大公約数的なところを狙うとともに、次代に遅れをとらない先見的なことに対しても挑戦しています。
(学生) 韓国では、商売をしている店の子どもが学校を卒業すると、都会の企業に就職してしまい、自分の父親の店を継ごうとしません。かといって、血のつながっていない人に店を継がせるというのも、あまりいいイメージがありません。日本ではどうですか?
(東都) 血縁で繋がっていない人、たとえば娘のお婿さんや、従業員のなかでよくできる人に店を継がせる、というのは関西ではあるようですが、東京では少ないと思います。しかし、血縁でない人が跡を継ぐことに対してイメージが悪いということはありません。血縁のあるなしに関わらず「和」をもってつなげていく、というのが日本です。

それは、店の仕事を「家業」と考えているからだと思います。「家業」とは、代々が受け継いでいくということです。ですから、バトンを受け取った人は「自分の代でがんばる」という考えではなく「次の代につなげていく」ことを第一に考える。つまり、自分はリレーの一走者である、という考え方です。そう思うことが、長く続けていける秘訣の一つではないかと思います。

家業を続けていくことをよしとする日本人の考え方、文化性は、もしかしたら、日本が天皇制を続けてきたことと、深いところで関係があるかもしれません。

親から子へという継承だけでなく、兄弟やその家族なども含めた一族が「家業」をサポートしている店も少なくありません。店を続けていくのは、日本でも容易ではありません。一人でつないでいくのが難しいときは、一族が結集する。なぜなら、続けていく価値があるから。小さい店だけれど、続けることが新しい文化的価値を生んでいくと皆、感じていると思います。

(東都) 逆質問ですが、韓国の商店の子どもたちが家の仕事を継がないのはなぜですか?
(学生) まず、戦中・戦後に辛い時期を過ごした親たちが、自分たちが苦労した家の仕事ではなく、子どもには大企業に就職するか、官僚になって、ラクをさせたいと思っているということがあると思います。また、子どもたちもそう考えています。

そもそも韓国には「家業」という概念がなく、継続・継承ということを考えません。そういうことを考えるのは、たとえば踊りや楽器作りなど、一部の職業の人だけだと思います。

(東都) たとえば、単なる海苔づくりではなく、自分の店の海苔をブランドとして育てる、と考える店は韓国ではありませんか?
(学生) 韓国でブランドというと、大きな企業の製品をイメージします。品質や味にこだわっている店はあるにはありますが、それはブランドというほどではなく、「あの店ものはおいしい」といった程度です。
(東都) 小さい会社ほどブランド力が必要だ。というのが老舗の考え方です。
日本には「不易流行」という言葉があるのですが、これは変えてはならないものは変えず、変えるべきものは変化させていく、という意味です。伝統を守るだけでなく、その時代時代を乗り越えていくためには変化も大切だ、と。そのために、家族、親族、さらには従業員も気持ちを一つにして働き、時代を乗り越えていこうと努力しています。

もちろん、店の継承では、日本でも悩みがないわけではありません。老舗に生まれても、学校を出た後、一般企業に勤める人は多いのですが、30代、40代になって重要な仕事を任せられるようになり、これからだという時に「家に戻って店を継いでくれ」と言われた時の葛藤は、計り知れないほどでしょう。老舗の多くが、それぞれ悩んだり苦しんだりしながら、それを乗り越え、店を継続させてきています。

(学生) 韓国では日本のニュースで「一流大学を出たのに、うどん屋を引き継いだ」といった話題がしばしば放映されるのですが、韓国人から見ると、それは個人の「成功」とは思えないので、奇異な話題として驚きながら見ています。
(東都) まずお話したいのは、世襲で家業を引き継ぐことに対する評価が、日本では低くないことです。老舗の主人も多くが大学を出ていますが、家業についたからといって、それを誰も「ばかばかしい」とは言いません。また、日本では、商売をしている人の地位が低くはありません。
士魂商才。ハートはサムライ、というところがあります。
(学生) 日本で商売を引き継ぐことは、お金を稼ぐ、ということとは少し違うことなのですね。武士の魂とは何なのでしょう。
(東都) 清貧の思想、信義、名こそ惜しけれ、先義後利など、武士の魂を表すいろいろな言葉がありますが、「信用」を裏切らないということでしょうか。裏切ったら腹を切る、という。

日本の徳川時代は、400年間も平和な時代が続いたので、武士は闘いをせずに勉強をするしかなかった。特に論語など、道徳を学びました。そして、明治維新で武士の時代が終わったあと、武士が商人になる例も多かったのです。そこで、武士の考え方が商売の心構えになっていった、ということもあるかと思います。

(学生) しかし、現代では、ただ「老舗」だというだけでは、お客様はつかめないのではないですか?
(東都) 店の歴史は、言い換えればお客様の歴史です。長くご支持を得ているということは、それだけ長い間、安全で安心なものを、そしてその時代時代に心がどきどきわくわくするような商品を出し続けてきた、ということの証です。賞味期限や産地の偽装などの悪いニュースを時折聞きますが、老舗は法律以上に自分の商品を厳しく監督し、品質を上げてきたからこそ、今がある。それが、老舗の魅力です。
(学生) 大企業の参入によって経営に影響しているといったことはないですか?
(東都) もちろんたくさんあります。だからこそ、より魅力的な店にする努力をしていくことが重要です。東都のれん会という会は、今、各店が営々と築き上げてきたすばらしい製品-つまり本物を、文化の側面から押し上げていく役割も担っていると思っています。

また、老舗には「敷居が高い」というイメージがあります。いいものだとは思うけれど高いんじゃないだろうかとか、特別なもので自分には似つかわしくないんじゃないだろうか、とか。そういったイメージを払拭して、気軽に入っていただけるようにする、それも東都のれん会の仕事だと。質は下げないけれど、イメージは下げる。

(学生) お金が稼げるようになったら、「行ってみたい」「買ってみよう」と。
(東都) そのとおり! そしてあこがれの商品を身につけたり、食べてもらったらインスタグラムに載せて、まだ知らない人にも伝えていってもらえたら、と嬉しい。
一方では、日本に何百年も前から伝わる「双六」という遊び絵の東都のれん会版を作ったりもしています。裏面は、各店の判子を押して集めて楽しめる「集印帖」になっていて、こういう昔の文化とともに、店を知っていただく工夫もあれこれ始めています。
(学生) 各店の取組みとしては、さらなる利益をもとめて、店を大きくしたり、支店を設けたりということも考えているのでしょうか?
(東都) それは店によって、その店が取り扱う品物によって、それぞれです。日本全国あるいは世界に目を向けて販路を考えている店がある一方で、自分の目の届く範囲での仕事をしたい、自分が作る味をそのまま届けたいと、あえて1軒だけでやっていくことを守っている店もあります。
(学生) よくわかりました。今日は、ありがとうございました。
(東都) こちらこそ、本当にありがとうございました。このあとは、東京観光をする時間もありますか? どうぞよい旅を続けてください!
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■インタビュー参加者
≪学生≫忠北大学哲学科の学生4名(男性1名、女性3名)
≪東都のれん会≫山本(山本海苔店)、小川(竺仙)、宮内(日本橋鮒佐)、住吉(ちんや)、山本(さるや)
≪通訳≫前田儒郎
≪記録≫太田(インタレスト)