大旦那のちょっといい話:<細田安兵衛さんの巻(6)>【雛祭りと香りの春】
■プロフィール
細田 安兵衛(ほそだ やすべえ、1927-2021)
東京日本橋生まれ。榮太樓總本鋪 第6代社長、相談役。幼名は恕夫。6代 東都のれん会会長。
茶道宗遍流時習軒11世家元。慶應義塾幼稚舎から同大学(昭和25年)卒。
全国和菓子協会名誉顧問、東京商工会議所名誉議員、名橋「日本橋」保存会副会長ほか日本橋地区の各種団体役員を歴任した。
中央区名誉区民、藍綬褒章受章、勲四等瑞宝章受章。著書に『江戸っ子菓子屋のおつまみ噺』(慶應義塾大学出版会刊)。
みよちゃん 細田さん。弥生、3月、雛祭りです!
(細田) うちは菓子屋だから、雛祭りといえば、「菱餅」に「雛あられ」なんてのをすぐに思い浮かべるけど、「菱餅」の色はわかるかい?
みよちゃん 上から順に、紅、白、緑。紅は桃の花、白は残雪、緑は萌え始めた若草を表していると聞いたことがあります。でも、もともとは厄除けの意味の草餅を作って、緑と白の組み合わせだったそうです。江戸時代の錦絵にも、緑と白の菱餅が描かれているのだとか。
(細田) 僕がすごいと思うのは、その「草餅」だ。中国で、上巳の節句(じょうしのせっく:旧暦の3月3日に行われた厄除け行事)に草の匂いが悪霊を祓うというので草餅を食べた風習が日本に渡ってきたわけだが、それが今日まで続いているのは、まず「草餅」がおいしいということがあると思うんだ。
みよちゃん はい。かすかなほろ苦さと、独得の香り……大好きです。
(細田) そう、あの香り。日本ほど、食べ物で香りを大切にする国はないんじゃないかな。 たとえば「桜餅」なんてのもすばらしい。桜餅は薄い生地で餡を包む関東風と、道明寺の餅で餡を包む関西風があるけど、どちらも仕上げは塩漬けにした桜の葉で包む。これは向島の「長命寺桜もち」が始めたんだが、よその店ながら僕はあれを自慢したい。 桜の葉には菓子の水分を保持したりする包装の役割もあるが、なんと言っても移り香の効果がすごい。
時々、「桜餅を包んでいる葉っぱは食べるものなんでしょうか?」なんて聞いてくるやつがいるが、大馬鹿野郎の大間違い。馬じゃあるめいし、そんなものを食べるやつがいるか!
0903-1
みよちゃん (笑)
(細田) 雛祭りは女の人のお祭りで、僕が小さい頃は姉さんたちが友達を家に呼んでね。雛壇の前に子ども用の小さなお膳が並んで、ちらし寿司に、はまぐりのお汁……。そんな家庭の行事も、いつの間にかやらなくなっちゃったなぁ。
みよちゃん 現在の雛祭りは3月に行われますが、本来は里山では桃の花が満開で、海では水もぬるんでハマグリが丸々と太ってくる時期。家庭でも、春を感じながら楽しんだお祭りなんですね。
(細田) 「雛」には、「小さい」「幼い」という意味もあるだろ? いたわるようなやさしい気持ちになれる祭りが、桜の花見の前に用意されていたわけだ。
みよちゃん 今日もありがとうございました。

聞き手:太田美代

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