大旦那のちょっといい話:<細田安兵衛さんの巻(9)>【コケとカビ】
■プロフィール
細田 安兵衛(ほそだ やすべえ)
榮太樓總本鋪 相談役。東都のれん会会長。茶道 宗遍流時習軒十一世家元。
1927年、東京日本橋に生まれる。慶應義塾幼稚舎から同大学(昭和25年)卒。
現在、東商名誉議員、全国観光土産品連盟会長のほか、和菓子業界や地元日本橋に関わる団体役員なども務めている。藍綬褒章、勲四等瑞宝章受章。

 

みよちゃん 6月になりました。
5月のカレンダーには休日印の赤色の日付がずらっと並んでいたのに、6月のカレンダーは真っ黒。6月は、8月とともに「国民の祝日」が無い月なんです。
(細田) なるほど、確かにそうだ。しかし、国民の休日ではないが6月1日は「衣替え」、中旬には「梅雨入り」、下旬には「夏至」が来る。歳時記の方はにぎやかだよ。
それに菓子屋にとっては、6月16日が「和菓子の日」。お菓子の文化を後世にきちんと伝えていこうという願いを込めて、和菓子協会が昭和54年(1979)に制定した記念日がある。
みよちゃん 「和菓子の日」? なぜ6月16日なんですか?
(細田) 記念日にありがちな、つまらん数字の語呂合わせなんかじゃないよ。
陰暦6月16日は、平安時代に疫病がはやった折に、仁明天皇が元号を嘉祥(かじょう)とあらためて、菓子や餅などを供えて疫病除けと招福を祈ったという日だ。「嘉祥の儀」と呼ばれるようになったこの行事は、その後も宮中から武家へと広がって、江戸時代には幕府の重要な儀式として盛大に催されている。そして、和菓子が除厄招福の儀式のなかに、深いかかわりを持って登場するんだ。
みよちゃん その行事自体は、今はもう絶えてしまったんですか?
(細田) いや、例えば日枝神社の山王祭りの行事の一つ、嘉祥祭(かじょうさい)として伝えられているよ。
実は、僕はかねてから「和菓子の日」が制定できないものかと思っていたんだけど、それにふさわしい日が思いつかなかったんだ。それが、日枝神社の役を務めたことで嘉祥祭を知って、当時、全国和菓子協会の会長だった黒川光朝さん(故人。当時虎屋社長)に相談してみたら、「それはいい!」と。あとは制定までとんとん拍子で進んだという経緯がある。
今年も「和菓子の日」には、全国各地でイベントが行われたり、菓子店が厄除けや招福の菓子を売ったりすると思うが、日本の古き良き伝統文化を伝えていくという意味で、もっと広めていければと思っているんだ。
みよちゃん 和菓子の日をきっかけに、多くの方に和菓子の魅力を知っていただきたい、と。
(細田) そう。そして、この記念日は、和菓子の製造や販売に携わる者も、努力を積み重ねていくことを再確認して、気持ちを引き締める日でもあると思っている。
6月は梅雨時で湿気が多く、黴(カビ)のシーズンと言われている。そこで僕の持論である、苔(コケ)と、黴(カビ)の話になるんだが――。
コケは一生懸命に手をかけ、苦労をして育てなければ繁茂しないが、カビは手を抜くと、とたんにはびこるだろ? つまり、「古いもの」にはコケが育つが、「古くさいもの」にはカビが生えるんだ。
「のれん」だとか「老舗」だとかいうものも、多分、同じだと思うんだ。
ただ守っていけばいいという気持ちで努力を怠れば、途端に醜いカビが生えてしまう。切磋琢磨して育て、次の代に渡そうという努力を代々が続ければ美しいコケの庭ができる。しかし、これはほんとうに努力がいる。その努力を続けるためのいろいろな工夫も、また大切だということだ。
みよちゃん 6月にふさわしい話のオチになりました(笑)。毎年、この時期になったら思い出します。
いいお話を、ありがとうございました。

 

聞き手:太田美代

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