江戸・東京散歩
第4回 浅草橋・両国・亀戸
今回は、JR総武線沿線のお散歩。浅草橋から亀戸までを旅します。江戸時代の歌舞伎作者や浮世絵師、明治の小説家や名落語家、財閥……多彩な人物が住んでいたこのエリア。ノスタルジックな風景も魅力の散歩道です。
■浅草橋と柳橋
 JR総武線と都営地下鉄の駅がある「浅草橋」。江戸通りに面して人形問屋がたくさん並んでいることで知られていますね。この江戸通りを南に歩いて、すぐ渡る橋が「浅草橋」です。江戸時代からの歴史がある橋で、『江戸名所図絵』にも描かれているのは、ここが江戸から日光・奥州へ出る交通の要衝だったからです。
橋から下をのぞきこむと、神田川が流れています。「あなたは も~う 忘れたかしら……」の、あの神田川。浅草橋と、すぐ隣りに並ぶ「柳橋」の間の川面には屋形船がいっぱいとまっていて、両岸には船宿も並んでいます。
柳橋の先は、神田川と隅田川の合流点。ここから屋形舟に乗って隅田川を下る舟遊びは、江戸時代もいまも変わらぬ東京の夏の風物詩です。
ところで、この柳橋の名が有名なのは、江戸時代に花街があったから。天保の改革のあと、幕府の規制がゆるんだすきに、深川芸者30人ほどがここに移ってきて商売を始めたそうです。柳橋のお姉さんたちは、下町らしいキリリとした風情と人情豊かなところがあって、新橋や深川の花街の芸者さんとはまたちょっと違う人気があったんだそうですよ。
そして、山本周五郎の『柳橋物語』も、この地を有名にした立役者。涙なくしては読めない名作。おすすめです。
(左画像)柳橋から眺める神田川。川には屋形舟が、岸には船宿が並んでいます。不思議な哀感とノスタルジーがただよう東京の名所。カメラを構える人もたくさんいます。
(右画像)柳橋。その昔は土手に柳が並ぶ、やさしい景色の中に架かっていた橋ですが、土手が切り崩され、橋も鉄骨製になって、昔の面影はありません。残念。
■国技館と江戸東京博物館
 両国橋を渡ると、すぐに両国駅。この駅のまわりにはたくさんの見どころがあります。南側のエリアは【忠臣蔵を歩く】の回を参考にしていただいて、今回は、駅の北側エリアを歩きましょう。
まず、駅の北側に建つのが、「国技館」。1年に6場所、執り行われる大相撲の1月・5月・9月場所が、ここで行われます。館内では大相撲観戦はもちろん、たっつけ袴姿の「出方さん」がきびきびと動き回る通称「お茶屋通り」の、情緒たっぷりの雰囲気にも感動させられます。桝席を奮発して、お弁当を食べながらゆっくり相撲観戦といきたいですね。
チケットの買い方などはhttp://www.kokugikan.co.jp/(相撲案内所)
相撲についてはhttp://www.sumo.or.jp/index.html(日本相撲協会) そして、国技館のすぐ東側にそびえたっている巨大な建物が「江戸東京博物館」です。江戸ファンにはもうお馴染みでしょうから、くわしく説明しませんよ。一見の価値あり、なかなかの展示です。でも、企画展もいいので、一度といわず何度も行ってくださいね。
江戸のことなら、「江戸東京博物館」か「東都のれん会のサイト」ですからね。よろしくー!
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/(江戸東京博物館)
(左画像)国技館。相撲は実際に見ないと、そのおもしろさがわからないよ。取り組みの迫力も、独特の粋な情緒も!
(右画像)江戸東京博物館。巨大な建物にビックリ。展示も期待を裏切りません。
■旧安田庭園、野見宿禰神社など(両国駅周辺の見どころ)
 両国駅の周囲には他にもたくさんの見どころがあるので、まとめて紹介しちゃいましょう。
まず、国技館のすぐ北側に「旧安田庭園」。江戸時代は下野足利藩の下屋敷で、明治維新以後は岡山藩池田氏の邸宅に。やがて財閥・安田家の別邸となり、現在は墨田区の公園となっています。隅田川と結ばれている庭園内の池は、潮の干満によって高さが変わる「潮入りの池」。です。
旧安田庭園の北東にあるのが「東京都慰霊堂」。4万人を超えるともいわれる関東大震災(大正12年9月1日)と、東京大空襲(昭和20年3月10日)の犠牲となった人々を供養しています。建物は名建築家・伊藤忠太の作品で、“建築探偵さん”たちもよく訪れているようです。
江戸東京博物館の東側にも足をのばしてみましょう。「北斎通り」と呼ばれる通りを入って、すぐのところにあるのが「葛飾北斎生誕の地」の碑。
『富嶽三十六景』など数々の浮世絵の傑作を残した北斎は、ここで生まれたのです。北斎は引っ越し魔で、一生のうち93回も引っ越ししたそうで、亡くなったのは浅草だとか。
さらに東に歩くと「野見宿禰(のみのすくね)神社」。野見宿禰は相撲の神様(神代の頃のエピソードに出てきます)なので、相撲関係者の信仰が篤いお社です。境内には歴代横綱の名を刻んだ石碑が建っていて、これはお見逃しなく。
なお、この神社の周辺には歌舞伎の集大成者で狂言作者でもあった「河竹黙阿弥」や、明治の人情噺の名人「三遊亭円朝」も居を構えていました。
(左画像)野見宿禰神社。信号のある交差点角にありますが、見落としやすいので注意。 思いがけなく小さいお社です。
(右画像)歴代横綱の名前が刻まれた石碑。朝汐、若乃花……懐かしい名前も並んで いて、相撲ファンでなくても結構おもしろいですよ。
■亀戸天神社
 亀戸といえば、亀戸天神社。亀戸天神、亀戸天満宮、亀戸の天神さまなどとも呼ばれて、 善男善女に親しまれている古刹です。
いうまでもなく、祭神は菅原道真公。九州・太宰府天満宮の神職が夢のお 告げに導かれて、この地に至り、分祀したのが寛文2年(1662)と伝え られ、以来、関東における天神信仰の中枢として栄えてきました。
境内の池や太鼓橋、社殿なども太宰府天満宮を模して造営されたもので、 庭園は安藤広重の『江戸名所百景』にも描かれた江戸以来の花の名所。特に 藤の見事さは関東随一です。開花状況が毎年「船橋屋」のHPで紹介されて いますので、参考になさってください。
http://www.funabashiya.co.jp/(船橋屋)。 また、このお社は1年を通して行事が多く、なかでも毎年1月24・25日の“初天神”の日に行われる「鷽替(うそかえ)神事」は“凶を吉に変え る”行事として広く知られています。鷽の数に限りがあるので、お出掛けは お早めに!
http://www.kameidotenjin.or.jp/(亀戸天神社)なお、亀戸は古刹の多い町で、亀戸天神の北には流鏑馬(やぶさめ)の行 われる「天祖神社」、東には伊藤左千夫の墓がある「普門院」があり、その北 隣は文化文政時代の人気浮世絵師・三代豊国(歌川国貞)が眠る「光明寺」、 そこから東に数分歩けば藤原鎌足ゆかりの「香取神社」……などなど。三代 豊国の「猫背猪首型」の美人画なんぞを見てからお出掛けすると、いよいよ 江戸散歩らしくなりそうですよ。

(左画像)亀戸天神社。藤と学業成就のご利益で知られる社。太鼓橋を渡ってお参りしましょう。
(右画像)亀戸天神社の梅。梅の季節には、受験の季節。合格祈願をする学生や父兄でにぎわいます。
■伊藤左千夫と普門院
 歌人であり、小説『野菊の墓』でも知られる伊藤左千夫(1864-1913)は、千葉県の生まれです。若くして上京し、明治22年に牧場を開きましたが、その場所というが、現在のJR錦糸町駅南口のバスターミナルあたりというから、ちょっとビックリです。
短歌を始めた左千夫は、正岡子規に認められて終生師事し、子規の唱えた「写生」に基づいて事実をくもりのない目で見、表現することを学びます。
有名な歌を、一つご紹介しましょう。「牛飼が歌よむ時に世のなかの 新しき歌大いにおこる」いい歌でしょ?
伊藤左千夫の墓があるのは、亀戸天神社の東北にある「普門院」。墓は小ぶりですが、中村不折の筆による大きく刻まれた名前が、左千夫の偉大さと、多くの人々に愛されたことを物語っています。シュロの葉がおおいかぶさって、日中でも日陰になる場所にあるのですが、いつも左千夫の人柄にふさわしい可憐な野の花が供えられています。享年48歳でした。

(普門院にある伊藤左千夫の墓。普門院は「亀戸七福神」のうち毘沙門天がお祀りされている真言宗のお寺です。亀戸七福神は墨田区のHPを参考に歩いてね。1まわりで約1時間30分の福招き散歩ができますよ。
http://www.sumidas.com/kameido/ka-7fuku.html(墨田区)
【老舗散歩も楽しんでね】

※老舗の詳細はこちら
吉徳][両国橋鳥安][亀戸船橋屋

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