<白木屋傳兵衛>中村梅吉さんの「いい話」【第15回:歳時記:6月】

陽光輝く6月である。6月の声を聞くと、祭りだ。申(さる)の年から1年おきが日枝神社の「山王祭」。酉(とり)年から1年おきが神田明神の「神田祭」。今年は申年だから山王祭が本祭りで、神田祭は蔭祭りだ。

ところで、江戸時代最大のお祭りといえば「日本橋の天王祭」だった。旧歴の6月5日~8日が大伝馬町の八雲神社、6月7日~14日が南伝馬町(京橋)の水神社、6月10日~13日が小舟町の八雲神社の祭りで、親父の話では、太平洋戦争までは「すさまじい」ばかりに盛んだったそうだ。いずれも京都の八坂さんが源流で、祭神がスサノオノミコト、つまり牛頭天王(ごずてんのう)の祭りなので「天王祭」なのである。

大伝馬町の天王祭は、「ひやむぎ天王」の俗称で呼ばれていた。これは、東都歳時記にも「祇園会や幟(のぼり)の義なら木綿店 また家々冷素麺を以って客をもてなす」とあるように、祭りの際に冷麦を食べたことから。
「冷麦を紗綾(さや)や綸子(りんず)の下で食い」
という川柳は、高級な絹織物の下で、漬け汁がはねるのも気にしないで冷麦を啜り込む風景に、日本橋の富の底力が示されている。
また、小舟町の天王祭は「団扇天王」と呼ばれていた。こちらは、界隈に団扇問屋が多く、神輿に向かって多くの団扇が投げられたことによる。

三つの天王社は現在、すべて神田明神にあり、江戸神社(天王一之宮)、大伝馬町八雲神社(天王二之宮)、小舟町八雲神社(天王三之宮)と呼ばれている。江戸神社の神輿は千貫神輿とも称される巨大なもので、今は本来の祭りの日ではなく、神田祭に出されて担がれている。
また、小舟町の八雲神社の祭礼は、現在も4年に1度行われ、その時は旧堀留公園に壮大なお仮屋が建てられ、盛大に祭りが行われる。次回は2018年の予定。

中村梅吉(なかむら うめきち)
白木屋中村伝兵衛商店6代目店主。昭和4年(1929)、東京市京橋区宝町3-4(現:中央区京橋3-9-8)に白木屋箒店(現、白木屋中村伝兵衛商店)の長男として生まれる。
区立京橋国民学校(小学校)、東京府立第3中学(現両国高校)を経て、東京外事専門学校(現東京外語大)の蒙古科に入学。蒙古語、中国語、ロシヤ語を習得。昭和37年(1962)から平成15年(2003)まで、6代目店主として家業に勤しむ。
昭和55年(1980)から中央区歴史講座で川崎房五郎氏に師事し、江戸学を開始。隠居後、中央区の文化サポーターや江戸東京博物館ボランティアとして、年間30回以上、講演や街歩きの案内を務めている。
また、東京大空襲の被災者としての証言など、様々な形で江戸—東京の歴史を伝える活動にも関わり続けている。茶道、飛行機模型、手話などなど、趣味も多彩で本格派。