【第十二回目】
いせ辰:江戸の“粋”に出合う千代紙、玩具
 老舗のご紹介をしておりますと、「“粋(いき)”って、どんな感じなんですか?」と聞かれることがしばしばあります。そういえば、最近は「粋な人」とか、「粋な柄ね」……なんて言わなくなりましたから、言葉を言葉で説明しないといけないんですね。
「粋とは、江戸の町人が理想とした生活理念」で、「洗練された色気と色気と生気を内につつんだ、繊細で淡白な美のこと」なんて説明した学者さんもいらっしゃるんです。でも、これまた難解ですよね。そんな時に「江戸千代紙」を見る機会があって、ひらめきました。
「これ、これ、! これを見てもらえれば江戸の粋のニュアンスがわかってもらえる」って。

……とまあ本日も前置きが長くなってしましたが、改めてご紹介いたしましょう。
版木に何度も色をのせて刷り上げる江戸千代紙は、時間も手間もかかる手わざの極みですが、その技を伝え続けている店が、「いせ辰」です。
元治元年(1864)に初代が日本橋に錦絵と団扇の問屋を開いたのが始まりで、関東大震災では江戸時代の版木をすべて失うという悲劇に見舞われましたが、1000種類ともいわれる版木を、気の遠くなるような努力を経て復活。そんな歴史にも、伝統を引き継ぐ老舗の責任と情熱が現れています。

さあ、この店の千代紙をご覧いただきましょう。
江戸時代に流行した「矢がすり」や「麻の葉」などのデザイン、その斬新さが、江戸の粋。いま文房具店で売られている色紙の色とは違う色合い、その深みも江戸の粋。謎解きの楽しみが隠れているデザインは、そのなぞなぞがわかる人だけが楽しみを共感するという、言葉以上の粋なコミュニケーションになっています。粋というのは、デザインだったり、色だったり、イメージだったりするだけではなくて、人と人との無言の情報ツールにもなったりするものなんですね。
江戸以降の千代紙も、竹久夢二のデザインによるものがあったりして、レトロなあじわいがこれまたたまりませんし、和紙を使った「お祝儀袋」や江戸玩具も楽しいですよ。
お正月、おひなさま、端午の節句など、季節の小物が店いっぱいに並んでいるのを見ると、本当にこの国の文化の豊かさに感動します。
店は地下鉄の千駄木駅から徒歩5分ほど。周辺は散歩コースとして大人気の、いわゆる“谷根千” エリアです。ゆるやかな坂道に面した店舗のたたずまいも、ほのぼのとした明るさに包まれていて……。たくさんの“粋”に出会えますよ。

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