<白木屋傳兵衛>中村梅吉さんの「いい話」【第16回:歳時記:7月】

7月は、文月(ふみづき)。この「文」はラブレターだという。江戸時代の『類聚名物考』には、稲の花が孕む時で、はらむ➡ふふむ➡ふふみ、となまって生まれた言葉であろうとある。
7月7日は、七夕(たなばた)。『東都歳時記』に、常盤橋から見る笹竹の林立した日本橋京橋の壮大な画があるが、ウチでも戦争までは毎年笹竹を坪庭に立て、短冊にごちゃごちゃ書いたのを、ぶら下げていた。七夕は万葉集にも九八首もの歌があるが、そのほとんどが熱烈な女性の恋歌なんだとか。

「天の川 川戸に立ちてわが恋し 君来ますなり 紐解き待たむ」

堤 秋栄の絵で、遊女のようにイロっぽいなりをした織姫が、夜空に浮かんだ機織り(はたおり)機に所在なげに腰かけているのを見た時、浮世絵師はこのへんを全部承知しているんだなあと納得した。

七夕は五節句の一つで、星祭りをすると文字が上手になるとも信じられた。私の場合、何年、七夕様に祈ってもだめ、習字を習いに行ってもだめで、戦後ある雑誌社に飛行機の模型の記事を頼まれて手書きの原稿を送ったところ、判読不可能で何度も往復することになった。同年代と比して私がワープロを早く始めたのは、その悪筆の故だ。

中村梅吉(なかむら うめきち)
白木屋中村伝兵衛商店6代目店主。昭和4年(1929)、東京市京橋区宝町3-4(現:中央区京橋3-9-8)に白木屋箒店(現、白木屋中村伝兵衛商店)の長男として生まれる。
区立京橋国民学校(小学校)、東京府立第3中学(現両国高校)を経て、東京外事専門学校(現東京外語大)の蒙古科に入学。蒙古語、中国語、ロシヤ語を習得。昭和37年(1962)から平成15年(2003)まで、6代目店主として家業に勤しむ。
昭和55年(1980)から中央区歴史講座で川崎房五郎氏に師事し、江戸学を開始。隠居後、中央区の文化サポーターや江戸東京博物館ボランティアとして、年間30回以上、講演や街歩きの案内を務めている。
また、東京大空襲の被災者としての証言など、様々な形で江戸—東京の歴史を伝える活動にも関わり続けている。茶道、飛行機模型、手話などなど、趣味も多彩で本格派。