【おうちで学ぼう】

老舗の主が語る、ちょっといい話。今月は「日本橋弁松総本店」と「うぶけや」からお届けします。

■針葉樹の味方です

「折詰弁当の折箱は資源の無駄づかい、森林破壊なのでは?」こんなお声をいただくことがあります。折箱は木製で、おまけに使い捨て。そう思われるのも無理はありません。
 当店で使っている折箱は、主にスギとマツが原料で、いずれも国内産です。ただし、折箱に使われる木はすべて間伐材か老齢過熟木。森林を育てるための手入れで除かれる木です。特に、マツ林は手入れをしないと次第に広葉樹が侵食してしまうのです。
 最近ではブナやナラなどの広葉樹が水資源を守るといった理由でもてはやされているだけに、ちょっとマツの肩も持ってやりたくなります。マツは盆栽や白砂青松の風景となって私たちの目を慰めてきた木であるとともに、防風林や防砂林としても長い間、人間の役にたってきた木だったのですから。
 蓋を開けたとたんに香る森の匂いこそ、陶磁器に盛った料理にはない折詰弁当ならではのおいしさ。
折箱は自然と見事に付き合ってきた日本人が生み出した傑作の一つではないかと自負しています。
◎日本橋弁松総本店/東京都中央区日本橋室町1-10-7

■道具と人のいい関係

当店は、包丁やはさみ、剃刀、毛抜きなどのいわゆる刃物類を扱っておりますが、なかには特殊な品もございます。本日はそのうち、紙切りはさみにまつわるお話をいたしましょう。寄席芸で演じられる、あの紙切りに使うはさみです。
 昭和45年頃でしたでしょうか。現在、紙切り芸の第一人者としてご活躍中の林家今丸さんがおいでになって、こうご注文になったのです。 「初代・正楽師匠のものと同じはさみを作ってもらえませんか」
 正楽師匠のはさみは、昭和30年頃、当店でお作りしたものです。切っ先がするどく、刃を合わせた時の手ごたえが空気を切っているように軽いはさみ。ご相談を重ねながら、あれこれ工夫して仕上げたもので、お渡しする時に、他のかたには売らないお約束をいたしました。直弟子の今丸さんであっても、お断りするしかありません。
 ところが今丸さんは「どうしても」とおっしゃって、最後には膝をついてお頼みになります。師匠への篤い尊敬の心が、同じはさみを持ちたいというお気持ちにさせていることが伝わり、お話をうかがううちに、師匠が生前、おかみさんに「そろそろ今丸に同じはさみを持たせてやりたい」とおっしゃっていたことも知りました。
 しみじみと師弟愛を感じながら作った今丸さんの紙切りはさみ。職人を泣かせた、嬉しいご注文でした。
◎うぶけや/中央区日本橋人形町3-9-2