【おうちで学ぼう】

老舗に伝わるちょっといい話。今月は浅草から2軒。お神輿・太鼓の老舗「宮本卯之助商店」と、天ぷらの名店「中清」のあるじが語ります。
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◆道路事情とお神輿◆

お祭りといえば、昔も今も「お神輿ワッショイ!」。
そう思っておられるかたが多いと思いますが、実は、江戸の祭りに町神輿はありませんでした。当時の祭礼は、京都の祇園祭のように山車(だし)を中心としたもので、お神輿は有名な神社に本社神輿がある程度だったのです。
ところが、明治時代に街路に電灯線が張り巡らされると、背の高い山車は電線に引っかかって町に繰り出せなくなりました。町神輿は、山車の代わりとして登場することになったのです。
 そのようにして東京中に増えていったお神輿ですが、戦後に受難の時代が到来しました。日本の高度成長が、車が走りやすい道路を良しとするものだったのです。つまり、「お神輿が練り歩くと車の交通のさまたげになる」というわけです。今では信じられないかもしれませんが、そんな理由で、お神輿を担がない時代もあったのです。
 当店の古い記録を見ると、世の中が不況になると、お神輿のご注文が増えています。いつの時代も、祭りは人の暮らしを彩りながら、励まし続けてきたようです。

◎宮本卯之助商店 /台東区浅草6-1-15

 

◆浅草っ子は年中多忙◆

浅草寺は、推古36年(628)、3人の漁師の網にかかった黄金の観音像を祀るために堂舎を構えたのが始まりと伝えられる古刹です。そして、その3人を浅草の鎮守として祀ったのが浅草神社。浅草寺の大祭を「三社祭」と呼ぶのも、そこから来ています。
 三社祭は現在、5月の第3金・土・日曜に行われていますが、浅草の氏子町内が忙しいのはその3日間だけではありません。祭り当日はもちろん商売そっちのけですし、終われば、後片付けでおおわらわ。そして、夏が過ぎ、秋の風を感じ始めると、もう翌年の三社様が気にかかり始めます。どこかの町内ではっぴを新調すると聞けば、すわ「わが町内でも!」と、そんな調子で寄合が続きます。
年末年始は、さすがの浅草っ子たちも本業に精を出します。仕事に追われるので、新年会なども2月に開催。やがて、花の便りが聞こえてくると、頭の中は次第に祭りのことで一杯に。
年齢を重ねるごとに、浅草に生まれ育った幸せがわかってきたような気がします。義理と、人情と、お祭りと……。浅草はいい町です。

◎中清/台東区浅草1-39-2