【おうちで学ぼう】

老舗のあるじが語る「各店よもやま話」。
今月は、「銀座 松崎煎餅」と「亀戸 船橋屋」のお話です。
 

■食通の食べ方<銀座 松崎煎餅>

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ある日、お客様から「いつもの煎餅と違う」とのお小言をいただきました。実は長く勤めた職人が退職したばかり。味覚の鋭さにドキリとしながら詳しくお話をうかがううちに、そのかたが変わった召し上がり方をしていることを知りました。なんと、煎餅を買ったら袋を開けて3日程おき、わざと湿気らせて召し上がるというのです。その湿気具合が違う、とのお小言だったわけです。人それぞれの召し上がり方があるわけですね。
名文章家にして大美食家として知られる内田百閒も、決まりきった食べ方が嫌いでした。たとえば、おからはスプーンの背で押して小山の形に固め、酢やレモン汁をかけて、しばらくおいてから食べたそうです。 変わった食べ方もあるものです。
煎餅の話に戻りますと、当店のあるじは、醤油味のあられや揚げ煎餅をくだいて、ご飯に混ぜたり、味噌汁に入れて食べるのを好物としております。ヤキソバに入れてもよく合うと……。
えっ! 変わってますか?
◎銀座松崎煎餅/東京都中央区銀座5-6-9 銀座F・Sビル
https://matsuzaki-senbei.com/

 

■芥川竜之介の意外な顔<亀戸船橋屋>
芥川竜之介といえば、説明するまでもない著名な小説家ですが、東京は両国育ちだったことはご存知ですか?
芥川は明治25年に京橋区入船町(現在の中央区明石町)で生まれましたが、まもなく実母が病になったため本所区小泉町(現在の墨田区両国)の母方の実家に預けられて育ちました。学歴を追うと、江東尋常小学校(現在の両国小学校)、同高等科、府立第三中学校(現在の都立両国高校)、一高、東大と進んでいます。
ところで、芥川と当店とのお付き合いは、その府立三中時代からです。
芥川少年は、体育の授業で校外ランニングがあると、きまって当店に立ち寄り、当時〝一と盆十銭“だったくず餅を急いで食べ、また走って戻っていったというのです。店を出たあとは猛スピードで追いかけたのでしょうか。隊列にはうまく戻れたようですが、時々口のまわりにきな粉がついていて、寄り道がバレ、よく先生に叱られたそうです。
今、私たちが目にする芥川竜之介の写真は、神経質そうな顔をしていますが、少年時代はおちゃめなところもある子どもだったのでしょう。それを思うと、35歳の若さで自ら命をたったことが、いよいよ残念でなりません。

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◎亀戸 船橋屋/江東区亀戸3-2-14
https://www.funabashiya.co.jp/