大旦那のちょっといい話:<細田安兵衛さんの巻(10)>【水羊羹・缶詰・もてなし】
■プロフィール
細田 安兵衛(ほそだ やすべえ)
榮太樓總本鋪 相談役。東都のれん会会長。茶道 宗遍流時習軒十一世家元。
1927年、東京日本橋に生まれる。慶應義塾幼稚舎から同大学(昭和25年)卒。
現在、東商名誉議員、全国観光土産品連盟会長のほか、和菓子業界や地元日本橋に関わる団体役員なども務めている。藍綬褒章、勲四等瑞宝章受章。

 

みよちゃん 7月に入りました。まもなく夏本番。今年もまた、あの蒸し暑さがやってくるかと思うと憂鬱ですが、夏だからこその楽しみがあるのも日本に生まれた幸せですよね。
(細田) そうそう。浴衣に、うちわ、西瓜(すいか)に花火……。日本には夏を楽しむ風物詩、暮らしの工夫がたくさんあるからね。菓子屋も、上生菓子に葛(くず)を使って涼しさを演出したりね。
みよちゃん 葛の透明感やツルンとしたのど越しが、いっとき暑さを忘れさせてくれます。
それから冷蔵庫で冷やしていただく水羊羹も、甘党が待ちわびる夏のご馳走です。お中元でいただくと、とっても嬉しい!
(細田) 水羊羹は江戸時代からあったお菓子だけど、普通の羊羹よりも水分が多い、やわらかい羊羹のことを言っていたようで、夏に冷やして食べるというイメージではなかったようだ。いまも、福井県あたりでは、浅い箱に流した水羊羹が冬のお菓子の定番となっているからね。

でも、いま「水羊羹」と言って、ほとんどの人が思い浮かべるのは、缶入りの水羊羹じゃないかな。
実は、あれは、戦後、冷蔵庫が大ブームとなって家庭に普及していったことで生まれたものなんだ。和菓子屋が、冷蔵庫に入れる菓子はないかと考えて、水羊羹を思いついたわけだ。で、作ってみると日持ちはいいし、形崩れも気にしなくていいし、何といっても冷たい水羊羹はおいしい。 「こりゃあ、いい!」ってんで、菓子屋はもちろん、お客さまも喜んでくださってね。
ちなみに、最初の頃、水羊羹の缶は缶切りで開けてたんだけど、知ってるかい?

みよちゃん 缶切りで!? 引っ張れば蓋が開くプルトップじゃなかったんですか。
(細田) いやいや、プルトップ方式の缶詰にしたのはうちが最初なんだ。お菓子を取り出すのに缶切りで開けるなんてヤボな話だと思ってね。それで、プルトップの特許使用許可をアメリカの会社から買って。
みよちゃん びっくり。私たちは細田さんのおかげで、缶切りを使わずに水羊羹をいただいているんですね。
(細田) いやいや、それがまた最近は別の問題が起きててね。
プルトップにしたのはいいんだけれど、あの方式だと缶のふちにギザギザが残らないから、缶に入ったまま食っちゃう人が出てきちゃった。
みよちゃん あー、確かに……。
(細田) 0907-1缶詰のアイデアも、プルトップのアイデアもよかったんだけど、まさか皿に移さずに食べるとは、想像もしなかった。スプーンまで添えて売っている菓子屋が悪いのかもしれないが、やはり器に出してこそ和菓子だと思うんだ。

和菓子は色や形で季節を表現したりする文化的な側面があるけれど、器との取り合わせで、また別の美しさが生まれるだろう? これが日本の食文化なんだよね。
たとえば西洋のお皿は、ほとんどが白くて円いけど、日本の器は丸あり四角あり三角あり、しかも磁器に陶器、ガラスに漆器と、形も色も手触りも実に多彩。どんな家庭でも、当たり前のようにいろいろな表情の器を持っているだろ。こんな国は世界中に、ほかにないんだよ。水羊羹の缶はたしかに器代わりになるかもしれないけれど、あれは器ではないんだ。
でも「いちいち器に移さなくてもよくて、便利です」なんて、お礼言われちゃったりね。世の中が変わってきたのかな。

みよちゃん (笑)。榮太樓の水羊羹は、器に開けると水紋の模様が上に来て、とっても涼やかできれいです。缶のまま食べてしまうと、そんな工夫がされていることにも気がつかないでしょうね。
これを読んでくださった人には、必ず水羊羹を器に移して召し上がっていただきましょう。

では、また来月。次回のお話も楽しみにしています。

 

聞き手:太田美代

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