<白木屋傳兵衛>中村梅吉さんの「いい話」【第20回:歳時記:11月】

11月といえば、お酉様だ。江戸では武蔵国南足立郡花又村(足立区花畑)の大鷲神社(鷲大明神)が発祥とされ、「本酉」と言われた。今、最も盛大なのは浅草の長國寺と隣の鷲神社(台東区千束)のお酉様で、長國寺では「かっこめ」という15cmほどの熊手守りを出している。
ウチの3代前、小芝居の座元だった親戚の家が長國寺の境内にあり、オフシーズンに行くとすぐにわかるのに、酉の市の日に行くと熊手を売る露店の後ろに隠れて、探すのに骨が折れたのを思い出す。

酉の市は熊手だけでなく、歳末用の日用品を売る店も出ていて、箒屋も出ている。ウチも親父の代に出したことがあったが、結果は失敗だったらしい。原因はウチ以外のところにあり、それもよほど手ひどかったのだろう。親父の「堅気には無理」のひとことがすべてを語る。このことが、後に父が百貨店の催事を歓迎しなかったことの遠因にもなったようだ。
川柳に「北国(ほっこく)になじみが出来て三の酉」がある。長國寺のお酉様がはやったのは、もちろん隣が吉原だったからだ。親父はよく「お酉様のあそこと正月の寄席はダメ」とよく言っていた。混むからサービスが悪いからだろう。
三の酉のある年は火事が多いという。もちろん根拠はないが、火のご用心を。

中村梅吉(なかむら うめきち)
白木屋中村伝兵衛商店6代目店主。昭和4年(1929)、東京市京橋区宝町3-4(現:中央区京橋3-9-8)に白木屋箒店(現、白木屋中村伝兵衛商店)の長男として生まれる。
区立京橋国民学校(小学校)、東京府立第3中学(現両国高校)を経て、東京外事専門学校(現東京外語大)の蒙古科に入学。蒙古語、中国語、ロシヤ語を習得。昭和37年(1962)から平成15年(2003)まで、6代目店主として家業に勤しむ。
昭和55年(1980)から中央区歴史講座で川崎房五郎氏に師事し、江戸学を開始。隠居後、中央区の文化サポーターや江戸東京博物館ボランティアとして、年間30回以上、講演や街歩きの案内を務めている。
また、東京大空襲の被災者としての証言など、様々な形で江戸—東京の歴史を伝える活動にも関わり続けている。茶道、飛行機模型、手話などなど、趣味も多彩で本格派。