【第三十三回目】
蓮玉庵:文豪に愛された蕎麦どころ
こんにちは、老舗のコンシェルジュです。
老舗のご案内をしていますと、時折「有名人が贔屓にしている店を教えてもらえませんか?」といったお問合せをいただきます。
人気歌手やスポーツ選手、あるいは小説家や政治家が足げく通っている……実は東都のれん会の加盟店にはそんな老舗もたくさんあるのですが、残念ながら会としてお教えすることはできません。でも、もうお亡くなりになっている方々なら、おゆるしいただけるでしょう。たとえば上野にある蕎麦の老舗「蓮玉庵」も、有名人がぞろぞろ通った名店です。
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「蓮玉庵」の創業は安政6年(1859)。以来、当代で6代150年という長い歴史を持つ蕎麦店です。
現在の店舗はにぎやかな池之端仲町通りに面していますが、関東大震災の前までは不忍池の前に店を構えていました。店名も、初代が不忍池の蓮の葉の上に輝く露にちなんでつけたのだとか。そう言われてみると、楚々とした店のたたずまいもなんだか納得。店内は一転してモダンな造りですが、清潔感にあふれて、しかもほっとするような居心地のよさがあるところなど、創業の頃と変わらないのではないかと思ったりします。
蕎麦も、この店らしい、誠実な姿です。適度なコシがあり、のどを越しのよさも江戸の蕎麦店らしいすっきりした仕上がり。その蕎麦にからむ辛口のつゆも絶品です。温かい蕎麦も評判がよく、名物の「鳥南ばんそば」などは、レアに仕上げた鶏ささみと蕎麦つゆとの相性を楽しむ、通好みの一品です。
この店を愛した斉藤茂吉は、
「池之端の蓮玉庵に吾も入りつ 上野公園に行く道すがら」と、ほとんどコマーシャルのような句を詠んで贔屓を隠さなかったとか。
また、森鴎外も大のご贔屓で、小説『雁』にはこんな風に登場します。
<...「このままいっては早すぎるね」と僕は言った。「蓮玉庵へ行って蕎麦を一杯食って行こうか」と、岡田が提議した。僕はすぐに同意して、いっしょに蓮玉庵へ引き返した。そのころ下谷から本郷へかけて一番名高かった蕎麦屋である。...>
上野公園で芸術に触れたあと、ちょっと疲れたと思ったら、ぜひ思い出してください。今も昔も、たくさんのご贔屓さんに愛されている幸せな蕎麦店が、ここにありますよ。

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