<白木屋傳兵衛>中村梅吉さんの「隠居の独り言」(1)
■縁日
オレが残したいものに「縁日風景」がある。縁日は、語源としては宗教行事に縁のある日のことだが、転じて行事を盛り上げるために寺社の境内で開かれる出店のことを言う。

娯楽の少なかった昔は子供のあこがれだった。ウチはうるさかったから縁日(夜店)の買い食いは禁止だった。事実、戦前は不衛生で、アイスキャンデーの買い食いをして、疫痢で死亡した友だちもいる。

出し物もいろいろあって、落語でも①珍物(カエル娘など)、②鳴り物(ろくろ首など)、③おっぴらき(バナナ叩き売り、がまの油など)などが出てくるが、私は見ていない。十数年前、大国魂神社の縁日でそれらしい小屋掛けを見た記憶がある。

京橋3丁目、(第1相互館のウラ)清正公堂の縁日が忘れられない。銀座ウラ(2丁目辺)、新富町にも縁日はあったそうである。

中村梅吉(なかむら うめきち)
白木屋中村伝兵衛商店6代目店主。昭和4年(1929)、東京市京橋区宝町3-4(現:中央区京橋3-9-8)に白木屋箒店(現、白木屋中村伝兵衛商店)の長男として生まれる。
区立京橋国民学校(小学校)、東京府立第3中学(現両国高校)を経て、東京外事専門学校(現東京外語大)の蒙古科に入学。蒙古語、中国語、ロシヤ語を習得。昭和37年(1962)から平成15年(2003)まで、6代目店主として家業に勤しむ。
昭和55年(1980)から中央区歴史講座で川崎房五郎氏に師事し、江戸学を開始。隠居後、中央区の文化サポーターや江戸東京博物館ボランティアとして、年間30回以上、講演や街歩きの案内を務めた。また、東京大空襲の被災者としての証言など、様々な形で江戸—東京の歴史を伝える活動にも関わり続けた。2020年逝去。

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